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これらを見て、ある出版社が
この続編、5年後の神戸をやってくれないか
と申し入れをされてきました。
筆者は断りました。
私にとっても心の大きな傷
取材される人にとっては、もっと大きいかもしれない傷
そこにナイフを突き立てるようなことはしないというより
できないと申し上げました。
これは、きっぱり申し上げました。
しかし、その出版社は、
直後の台湾
5年目の神戸
を並べてルポをやりたい。
あなたが神戸を
と再々度申し入れてこられました。
一回だけ、地震をやってくれれば、
次から我が社で好きなことができるかも
とも。
筆者は受けました。
9月30日スタート、締め切り11月10日
12月発売の媒体で
と、10万円入りの封筒
も渡されました。
その翌日から、筆者は実に久しぶりの
ライターとしての取材活動に戻ったのでした。
この依頼してきた出版社名が文藝春秋 |
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