
設楽敦生氏は今、文春の媒体の中でも売れ行きのいい『Number』初期の名編集長でいらっしゃったと聞いております。
下は植村直己氏の『青春を山に賭けて』
同じ兵庫県出身で、無名高校から一年間別のことをしてから独りぼっちで
東京の大学に入った筆者は
さまざまな意味でこの本に勇気づけられた
ものでありました。
17歳の時に読んだこの本に通底する願望
何かに青春を賭けてみたい。
独りで、世界を歩いてみたい。
に影響を受けて
フィンランド、トルコ、ブラジル、
アルゼンチン、ギリシャ、台湾、イタリア
など、様々な土地を放浪したものでありました。
この『社中日記』をお書きになったのは
中井 勝局長か、平尾隆弘編集長か
どちらであるか、あるいは別の方であるのか筆者は存じあげません。 |
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ただ筆者は、その方にお伺いしたく思うのです。
貴方は、前号機のJR東日本記事で
週刊文春編集長をお降りにならざるを得なくなった
設楽氏がこの社中日記の載っている月刊文藝春秋
を含めて週刊文春、月刊、と、
大量のJR東日本の広告が掲載されている
ことについて
どのようなお気持ちで晩年をお迎えで
いらっしゃったか
お考えになられたことがありますか?
今日、1月2日未明。設楽氏の
ご冥福をお祈りいたします。
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