今回は、文藝春秋社「創」立75周年企画・
社名を冠した「新」書「創」刊にあたっての広告が
「創」ではなく、「剽」だった
というおはなしです。

オリジナル
産能大学出版部
98年3月20日刊
文春後出し
週刊文春

98年9月22日号
オリジナルの意匠を手がけられたグラフィックデザイナー
林 健造氏は、この本が出版されたちょうど半年後、右の文春新書広告をご覧になり、自分のデザインが
「作り変えられて」
いるのを知り、
早速文春に抗議されたそうです。
折り返し、広告を制作した電通側から話し合いをしたいとの連絡が林氏に入り、
文春出版宣伝企画部長Y氏、電通の出版営業局H氏と林氏とで三者会談がもたれました。
「デザインにとって、最も重要なのは発想である」
と考える林氏は、
「現代人が抱えている精神的なキーワードを集め、
人間のフォルムに凝縮する」
という発想まで偶然の一致をするはずがないとの見地から、
「どこかのマスコミにAとBとを並べて掲載してもらい、
オリジナリティについて、芸術論、法律論、道義論、
その他あらゆる面からの問題提起
をし、各界の方々のご意見を伺いたい」と申し入れをされたそうです。
すると文春Y部長が矢継ぎ早に林氏におっしゃったことは
以下のような言葉でありました。
「そんなことをしたらあなたもマスコミにさらされて大変なことになりますよ」
「第一、編集者がのせてくれるとは限らない」
「ちょっとでも面白おかしく書いたら営業妨害で告訴します」
「こちらは新書発売で大事な時期なんだから組織防衛しなければならない」
・・・・・・。

以上「創」99.1・2月号における林健造氏の手記を参照いたしました。
12月30日と連絡がとれない時期のため、引用部分が多くなりました。
林様、もし、これをご覧いただいた光栄に浴しましたならば、
fujio@big.or.jpまでご連絡いただけませんでしょうか。
誠に勝手な申し状、伏してお詫びいたします。

これでいいのか文春、いや、その前に文春新書。
といったところですが、いやそれが、この林 健造氏、文春、電通三者会談が
もたれたちょうど1年後の
10月20日刊の文春新書で、
とうとう戦後の出版史上に遺る様な大事件が発生してしまったのです。
そしてそれに続くある種感動的な事態も―――。
この続きは、1月4日以後にアップしましょう。

次号機は波動砲です。
「対ショック対閃光防御!」
といったところでしょうか。
では明11:00〜零時。
2000年のカウントダウンとともにお届けしましょう。

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