私は、
『太陽にほえろ!』
のデカたちのような警察官になりたい

と思っていたことがありました。

将来なりたいもの
という小学校の文集のアンケートに

刑事

と書いたこともございます。
というより、

私、以前より、

フィクションとノンフィクション
虚と空
うそとまこと

の皮膜が分からなくなることがあり、
今回など、今、自分が
藤尾 潔
であるのか
大石内蔵助
であるのか
はたまた
2・26の青年将校
であるのか
正直分からなくなっているところでございます。

だいたい、宣言文からして、
完全に江戸中期の正調日本語、
「あんた、今、2000年やがな」
とのつっこみを受けそうです。

大学時代、本物の刑事より
『太陽にほえろ!』の新人デカ俳優になりたいと思った私は、
『文学座養成所』に入って、
岡田プロデューサーの目に留まればいいのではないかな
と考えておりましたが、
結局叶うはずもなく、
ソニー株式会社入社いたしました。

同じような志向性を持っておりました、
年のころ近い従兄弟は
本当に『JAC』に入門し、
格闘技、演技に励みました。
『JAC』主宰が、ソニー千葉(千葉ちゃん)
とは、これまた、嘘のような本当の話。

軽々しい口調はここまで。

前号機『淳』
で、
私の心に蘇ったサウンドが、

JUN

だったのです。

1972年に
石原プロモーションの危機(『ある兵士の賭け』の
巨額負債が原因。最後の映画出演が『ゴキブリ刑事』で
あったことをみても本当に危機だったのです)を契機に
「映画にしか出ない」
としてきた
石原裕次郎

が、テレビに登場。
瞬く間に
『日本テレビ』どころか
日本テレビ史そのものの
看板番組になってしまいました。
おそらく
アル・パチーノ主演の
『セルピコ』
をモチーフにしたのであろう
若い刑事たちの

疾走
疾走
疾走

大野克夫の名BGMと共に
私には、今でも強く目に焼き付いています。

疾走したのは、若い刑事たちだけではなく、
東宝のテレビ部門、日本テレビ、
そして、石原家全体をマネージメントする
東急エージェンシー
も同じでした。
東急は、それまで、
電通・博報堂の専有であった
ゴールデンタイムに
『西部警察』
シリーズを看板に押し立てて
進出することに成功するのです。

そこには、
石原プロ小林専務
東急エージェンシー石岡氏の
敏腕なければ、
有り得ないことでした。

JUN
萩原健一 = マカロニ = 早見 淳 
松田優作 = ジーパン = 柴田 純
勝野 洋 = テキサス = 三上 順

初期作品の若手
殉職
刑事たちの名前は
いずれも

JUN

でありました。


石原慎太郎都知事殿

私は、あなた様に、
以下のような御手紙お出し申し上げました。
謹啓

厳寒の候
石原先生には、さだめしご清栄のことと拝察申し上げます。
まだ拝顔の栄を得ませんが、お手紙にて申し上げる失礼をお許しください。
私、藤尾潔と申します。
ノンフィクションのライターをいたしておりました。
この度、石原先生に申し上げたいことがあり、まことに不躾ながらこうして筆を取った次第にございます。私は「大震災名言録」という本を光文社より出版いたしました。
石原先生の「人生の時の時」、この本をモデルの一つとして、同送させていただきました拙著は完成したのです。
昨年九月のことでございました。
有難いことに文藝春秋社のある媒体より拙著の続編にあたる原稿のご依頼をいただいたのです。
大震災の続編、とひとくちに申しましても、私にとりましては、つらい思いを伴うものでもあり、何度かお断り申し上げておりました。
しかし、礼を尽くしていただき、私の心も懐柔され、再び厳しい取材を始めたのです。
ところが、ゲラ刷りまで終えた段階で、編集部内部の事情に加え、私の原稿が文藝春秋社を始め取材各方面に於いて不具合を含んでいた為なのか、明確な説明がないまま掲載されなかったのです。
私は文藝春秋社に対して暗澹たる気持ちになると同時に憤りの念を感じずにいられませんでした。
石原先生、
先生にひとつお伺いしたいことがございます。
かつて、三島由紀夫氏との交流を綴られた
石原先生の著書を、私は興味深く拝読いたしました。
「諸君!」では昨年十二月号にて、三島由紀夫氏の特集を組んでおりました。
文藝春秋社は現在、三島由紀夫氏のご遺族を訴えております。しかし、その一方で文庫フェアと称し、三島由紀夫氏の評伝二冊を発売しております。
この現状を、生前の三島由紀夫氏が最も大切にされた作家である
石原慎太郎先生はいかがお考えになられますでしょうか。
是是非非で、よしとされるも、また多様な意見のひとつかとは存じます。
ただ、私は文藝春秋社の有り様に承服いたしかねるのでございます。
石原先生はいかがお考えになられますでしょうか。
そのあたりのことをお聞かせ願えれば幸いでございます。
失礼をもかえりみませず、貴重なお時間を拝借いたしましたこと、伏してお詫び申し上げます。
重ねて誠に身勝手なお願いを連ね、さぞご不快かと存じますが、まげてご寛容くださいませ。

謹言

藤尾潔


御自宅にも数度御電話申し上げ
奥様、奥様のアシスタント様から
「少なくとも、石原に届いたかどうかはファクス
申し上げます」
との御言葉頂戴致しております。
今だ、何の御返答もなし。

一体、どうなっておりますのやら。

弟様
裕次郎様
藤堂一係長
大門軍団団長 小暮謙三捜査課長

が、今、在りせば、現在のこの状況
どうお感じであられましょうか。

これをアップロードと同時に
再び、
御手紙申し上げます。

藤尾 潔

1月29日、沖雅也=スコッチ=滝隆一
殉職の回が放映された日です
沖雅也、松田優作
両名優のご冥福、お祈り致します。



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