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Tears
次は、
33歳
坂本 堤弁護士
ここで少し、私の話をさせてください。 89年11月、 私はソニー株式会社入社内定式を 終わっていました。 私ともう一人、 VTRアートの研究の日本で初めて設けられた 東京大学表徴研究科 初の卒業生4人のうちの1人 K君 とともに 「ソニー株式会社としてはじめて 宣伝部専用戦力 として採用する2人である」 との通知を受け、 K君は、 「ナムジュンパイクと 会いに行かせてもらった」 などと、希望に胸膨らむ日々でした。 時あたかも、 ソニーによるコロンビア映画買収 が9月27日 に完了。 加えて、バブル全盛絶後の日本の 経済力、ハイテク力
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藤医師は、迷うことなく決めた。 <この人なら、すべて正直に話しても病気と闘っていけるはずだ> 病気は、結局は、本人が治すものだ。医師はそれを手助けするに過ぎない。 山藤医師は、優作にレントゲン写真を見せながら、病気の説明をした。 「優作さん、あなたの右側の腎臓は、結核ですべて潰れています。いままで左側の腎臓だけで生きてきたんですよ。 出血している原因は、おそらく悪性腫瘍かも知れません。悪性腫瘍というのは、優作さんならおわかりになるように、『癌』です。 でも、ちゃんと検査してから、癌なら癌とはっきりお話ししましょう。いろいろな検査をした後で、確実なものを申し上げますよ。」 優作は、じっと耳を傾けていた。 山藤医師の話を聞き終えると、静かな口調で言った。 「先生、たとえどんな病気でも、正直に俺に言ってください。でも、周りにだけはけっしていわんでください。女房にも、いわんでください」 山藤医師は、その返事を聞き、優作はすべて察知してくれたな、と思った。
<わたしも、同じ事を言うだろう。妻や子供には、苦しい思いをさせたくない。自分自身と、信頼する医師の二人だけで苦しめばいいのだ> 入院中、優作は何度も山藤医師に言った。 「病気だからといって、周りの人間にかばってもらったりするのは、嫌なんだ。みじめな姿は見せたくない。」 ベットの上に横たわっていても、優作の気持ちは停滞しなかった。次の仕事に賭けていた。 優作は、山藤医師に訴えた。 「病気を一年間、抑えられないだろうか。俺は今、『ブラック・レイン』という映画に入っている。アメリカ映画だ。俺が、ずっと希望していた仕事なんだ。」 山藤医師は二つの選択から結論を迫られた。 ひとつめの選択は『ブラック・レイン』の出演をやめさせ、手術することであった。 手術をして、膀胱を取る。代わりに腰の横に人工膀胱をつけて、尿を排出する。たとえ『ブラック・レイン』に出演できなくなり、役者として将来が無くなっても、彼なら別の生き方を切り拓いていけるはずだ。 本来なら、優作には手術が必要なところである。膀胱を摘出しなければいけない。他に癌が転移していたら、骨盤の中の臓器もとらなければいけない。 山藤医師はそう考え、大学病院への転院も勧めてみた。 抗ガン剤使用の必要も説いた。
これをやっている間だけでも、抑えてほしい。」 山藤医師は、優作の仕事に賭ける情熱に動かされた。後者の道を選ぶことで結論を出した。ひとつめの選択を選び、たとえ手術を行っても、命が二年もつかどうかわからない。 優作と山藤医師には、仕事というものに対する共通の考え方もあった。それは、自分のすべてを賭けられると思ったものに出会えたときは、何をおいてもやるべきだ。情熱を賭けられる対象には一生の間に何度も出会えるものではない。 優作は、仕事のために、手術も、副作用の考えられる抗ガン剤の使用も拒否した。 山藤医師は、優作に言った。 「あなたはまず、情熱を賭けるものを、何より先に完成して下さい。わたしも、あなたと共に病気と闘っていきますから。」 優作は、微笑んだ。 山藤医師は、わずかな間に、優作との間に奇妙な信頼感が生まれているのを感じた。 入院してまもなく、山藤医師は、美由紀夫人にも病気の説明をした。 「ご主人は、右側の腎臓が結核です。膀胱の中には、炎症があります。とりあえず、その炎症を抑えなければいけない。それには、時間がかかる。 炎症がおさまり、膀胱に機械を入れてみないと、今の段階では何とも言えない。でも手術と言うほどのものではない。 とにかく血を止めて、通院して、そのたび膀胱を洗いましょう。」 山藤医師は、優作との約束を守った。美由紀夫人には、癌であることは、ついに告げなかった。もちろん、残された命が幾日である。 などと言うなど言うわけはなかった。 美由紀夫人は、しっかりしていた。 「無理してますからね。」 とだけ言い、顔に感情を出すようなことはなかった。 入院してから十日後、優作を見送りながら、おのれに言い聞かせた。 <病気が進行するのが分かっていながら、手術も何もしなかったら、後で周囲からわたしへの非難が来るだろう。外からの雑音などわたしは気にしない。が、いずれにしろ、覚悟が必要だ。彼と一緒に病気と闘っていくという、決意と覚悟だ。彼にとっても、わたしにとっても、これからが、すべてのはじまりだ・・・・。> 優作は、西窪病院を退院後、『ブラック・レイン』の仕事に入った。 優作は月に何度か山藤医師のもとを訪れた。 山藤医師は、来院の度に膀胱の中を診て、病気の状況を説明した。 膀胱に抗ガン剤を注入し、服用薬を渡した。副作用が無く体力に関係のない抗ガン剤であった。
優作の病と闘うさまを見ながら、山藤医師は、病と気力、あるいは病と精神ということについて考えさせられていた。 人間は、自分の体の中に”気”という免疫を造れるのではないか。 優作は、大阪や、ニューヨークのロケに入ると、電話で山藤医師に容体を報告してきた。 山藤医師は、訊いた。 「元気か?」 「ええ、病気の状態に変化はないが、血尿がつづく。」 山藤医師は言った。 「とにかく『ブラック・レイン』が終わったら、じっくり治療しようや。」 「お願いします。」 優作と山藤医師の会話は、いつも短かった。
「おれは、自分の死に様なんて、わかりませんね。まだ、考えてもいねえ。」 その後、優作は、下北沢の知っている店に山藤医師を誘い、酒を飲んだ。 山藤医師も、吉祥寺にある自分が知っている寿司屋や赤ちょうちんに、優作を誘った。 ふたりは、病気について話をすることは、一切なかった。いつも、お互いの人生や生き方について話をした。二人とも饒舌ではなかった。 例えば、「人間の心は汚いな」と、どちらかがポツリと言う。どういう風に汚いとか、それをどういう風に受け止め、感じるか、などということはお互いに表現しない。 それでも、心が通じ合える満足感を互いに感じた。 平成元年三月、ついに、『ブラック・レイン』の撮影が終わった。
【ただ「ブラック・レイン」のためだけに】
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