こうして第拾号機までホームページの製作を始めて、つらつら愚考いたしまするに、
インターネットの文章とは、ある種、
詩(ポエム)に近いものであると感じています。
今、筆者が取り組んでいるのは、
ポエムジャーナリズム
とでもいいましょうか。
今しばらく考えてみますに、
詩のなかでも
漢詩、
五言絶句
であるとか、
七言律詩
であるといったものが、
範をとるべき対象になってくるやに思います。
そこで、思い出しましたのが、
右の週刊文春12月23日号であります。
この本、目次の最初が30ページからでありますが、
暇に飽かせて、右端から数えて参りますと、
なんともはや、21ページ目が30ページなのであります。
杜黙(ともく)という人の詩は、詩の規則に合わないのが多かったため、
いい加減なことを「杜撰(杜黙の詩を集めたもの)」という(「大辞林」三省堂などより引用)。
文藝春秋はやはり、筆者などより先に
中国は春秋の故事(本当は宋)を具現されていたのでありました。
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筆者が書店員を名乗って、文春雑誌販売担当
N氏に電話を入れ
「『乱丁、落丁はお取替えします』という
決まり文句があるけれど、
この12月23日号は、文春どうされますか。
購買者のなかには、自分のだけ落丁だと
思う人もいると思うので」
と申し上げたところ、
「本社まで来てくれた人には、お詫びしますけど
取り替えはしません」
とおっしゃられました。
筆者は
「それは取り替えられないだろうなぁ。全部そうだから」
と思ったものの、そうはつっこめませんでした。
ただ、N氏の電話切り際の
「この号は、私どもの自信作なんですよ。
よろしくどうぞ」
との言葉に
「この人が作っているわけではないからなぁ」
と気の毒に思ったものでありました。
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