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そもそも震災当日、「僕の生まれ育った神戸はどこへいったのでしょうか」と現地入りして絶句した民放のニュース・キャスターが明石出身だったのはご愛嬌としても、NHKのT氏も、「私も被災者です」「断続的に復興番組に携わっています」と言明したが、このT氏、二年前に東京から移動になって、それまでは神戸とはまったく縁のなかった人だそうである。 〔言ってはいけない〕 神戸でカウンセラー、臨床士として働いている人たちは意外なほど若く、それも女性が多い。彼女たちの入門書的役割を担ったひとつがAERA編集の『精神医学がわかる』。九六年八月に刊行され、九九年四月に五刷となり、心のケアに携わる人たちの間で広く読まれている。 この中で、PTSD(ストレス精神障害)の解説を担当しているのが、当時の東京医科歯科大の小西聖子助教授である。 PTSDとは、もともとベトナム戦争帰還兵にみられた、外傷を受けた後の精神性障害で、全米では五十万人とも七十万人ともいわれる人々がこの症状に苦しんでいる。 阪神大震災や地下鉄サリン事件でも、多くの人々が、震災の後遺症に直面している。 小西氏の文章は「興味の尽きない 仕事」という見出しで、「……決して楽ではないけれど、トラウマ・カウンセリングも興味の尽きない仕事であると思う」と締められている。 それはよくわかる。しかし、このフレーズだけは、「心のケアされる人」「話をされる側」「傷ついた人」サイドが一番使ってほしくない言葉ではなかったか。 (筆者も、このAERAムックとこの小西氏の一連の著作でやっと理解できた領域も多かったりしたが。) 小西氏はさまざまな研修会でも講演されているが、「興味の尽きない仕事」と教えられるカウンセラーたちに“興味深く”話を聞かれては、やはり被災者として話をした人達は救われないだろう。 〔現場に出ないキリスト〕 九五年に開設された、灘区に本部を置く「こころのケアセンター」所長、神戸大学名誉教授の中井久夫氏はマスコミでもたびたびとりあげられ、「心のケア」の分野では、ある意味で権威に祭り上げられてしまっている。 中井氏の『昨日によれば』その他の著作を読むと、「限界は今回の災害体験では四、五十日であって、軍事精神医学による戦闘消耗が起こる時期に一致する」 「心は楽しい記憶が六割あり、悲しい記憶が三割あり、どちらでもない記憶が一割という比率に整理してゆくらしい。記憶がこの比率に整理されていることが心の健康の条件であるとみてもよいだろう。この水面下の心の活動を援助するのが、心のケアの大体の方向である」 「救援者は、『ディブリーフィング』つまり体験を語り合い、『デフュージング』つまり感情の昂りをおさめ、『デモビライゼーション』つまり緊張の武装解除を行ってから家庭に戻る様に配慮されている」 ほかにも、「責任者のすることは、何事であっても責任を取る覚悟があればよく……」などべつに災害だけでなく、「ハードな仕事」の後の気持ちの切り替えにも十分通じる、じつに啓蒙される書物であった。 一度話を聞こうと、「こころのケアセンター」に取材をお願いしたが、中井氏本人に連絡できたのは、相当時間がかかった。 ご本人にいろいろ質問すると、 「こころのケアセンターには月に一度来るか来ないかやから、それは知りませんわ」 「仮設住宅を出たあとの人が生きているかどうか、その後のことはわかりません」 「神戸の各区の支部のことは、本部から接触したらあかんと市から言われてるんですわ」 −− 。 (実体が把握できない「こけセン」) 念のため、「こころのケアセンター」について話を集めてみたが、その成果については、あまり芳しいものはない。地元では、一説には、「こけセン」は、法人格をもたない任意団体が補助金を受けて活動している組織なのだが、じつはその実体を把握するにも骨が折れる。
などと目の前で相談して、計算をはじめたのである。市内十五箇所に支部があるから、業務課長のいうように、各支部二人ずつだと、本部職員十人を入れても、センター員総数は四十人にしかならない。 九十九年十月の神戸新聞をはじめ、各紙記事及び、中井氏の著作によると、同センターは七十人ないし百人の所帯となっている。 よく「幽霊財団法人」とか「ペーパーカンパニー」と耳にするし、実際に取材してきたが、現場責任者くらいは実数を把握しているものである。 さらに所長まで動員して、調整課長、業務課長うちそろって、 「中井先生、先生は数に入れましょうか?」 「入れて、……いや入れんといて」 などやりあう組織もよくわからない。 公的予算十五億円の組織のトップたちのうろたえぶりを筆者は初めて目撃し、ここは神戸のJCOかと呆然となった。
という一節であった。 もちろん、筆者も「鳥の眼」「現場を直接見ない」重要さはおおいに理解するつもりである。 しかし中井氏本人は、 「私は鳥になりたい虫やった」 「虫とはいえ、患者をみていないという点では鳥」 「ある時期までは虫やったけど、鳥になってまた虫になった」 などと、自称虫=>鳥=>虫を繰り返した。 (司会は”アガリ”のプロ) 中井氏に象徴される、神戸の現場及びマスコミの「心のケア」関係者だけをせめるのも可哀想である。 十一月二十日、早稲田大学国際会議場で、厚生省主催の、『災害とストレスマネジメント』という一大研修会が開かれた。 厚生省から直接五百万円の予算がつき、研修会出席者は全国の保健所から公費の出張費(一人平均五万円ほど)で約百人が集まった。 この研修会の目的は、「PTSDへの対応とその専門家養成」となっていたが、シンポジウム司会者は、ストレスはストレスでも、スポーツ時における”アガリ”の研究に打ち込んできた上田雅夫早大名誉教授であった。厚生省によると、上田氏を司会者として招待した理由は、同省の外郭団体「ストレス研究所」副所長の肩書きによるという。 筆者の取材に、上田氏は、 「私の研究するストレスはスポーツのストレスですので、災害の本は読んでおりません」 「PSTDはよくわかりません」−−。 筆者は、おそらく巨大防災研究所所長らの繰り広げるであろう『ディブリーフィングの二種類の方法』『ローカルゲートキーパーの確保の難しさについて』といった専門用語や質問をさばく際、上田先生が緊張のあまり「あがることがないか」と、老婆心ながら心配したのである。 厚生省からは、この研修会について、担当の課長補佐氏から、「上田名誉教授は、ストレスケア研究所副所長でもあられるので、司会は適任だと思います」という丁寧な返事を受け取った。 (効率のいい興行) この災害とストレスマネジメント研修会は、厚生省主催となっているが、実施はパブリックリサーチセンターなる財団法人が請け負っている。 十一月と来年二月の二回行われるが、国税予算は一千万円。講演する五名の謝礼合計は八十九万円。会場使用料は七万二千円。つまり差額の八百万円が、パブリックリサーチセンターに入る計算になる。 こんな効率のいい”興行”は、不況時代にはまず考えられない。 さらにいうと、平成九年度に、社団法人日本精神病院協会が実施したときは、予算一千三百万円だったが、メイン講師の一人「こころのケアセンター」職員には八万円しか払われていなかった。 筆者が日本精神病院協会の担当者に「せめて講演記録だけでもみせてください」と言うと、「記録、全然残ってないんですよね」 とすまなそうに言った。 震災復興のための道路、架橋、建築物再建などの公共事業そのものを第一次バブル。そして防災設備充実という名目で湯水のごとくカネを注ぎ込んだのが、第二次の防災バブルである。実際には、九十六年に行われた大がかりな抜き打ちの訓練では、死傷者の想定など阪神大震災当時と同じような誤った報告が行われ、さまざまな問題点を生じさせた。 そして、ここに点描してきたように、いまや大三次バブルとも呼ぶべき「心のケア」が大手を振ってまかり通っている。 それを批判すべき地元マスコミも機能しているとはいいがたい。 台湾の大震災をきっかけに、当地からも「心のケア」に関しての経験を参考にしたいという要請がきているが、はたしてこれで有効な情報や適切なアドバイスが出来るのか。実態ははなはだ心もとないとしかいいようがないのである。 ![]() |