1月17日に向けて
筆者が心を込めて書いた
原稿。

そして、印刷所まで入って
ゲラ刷りまで出ながら
なぜか
突然
掲載中止に立ち至った
原稿です。

筆者なりの震災で亡くなられた方への
精霊流し
のちいさな
灯(ともしび)たち

今17日未明
順次アップしていきます。

黙祷しか、
今の私にできることはありません。



 九五年一月一七日早朝――。
 大震災直後、阪神電鉄某駅で、事態が把握できていない通勤客に「列車ダイヤはどないなっとる?」と聞かれた私鉄職員が「あんた、みんなの人生のダイヤが狂ったんや」と名文句を吐いてから、早くも五年近い歳月が流れようとしている。
 同じ時期に起きた地下鉄サリン事件の被害者救済とともに、この大規模災害に経験者に対する「心のケア」という社会問題が提起されたのは、もちろん評価されるべきだろうが、阪神大震災のこの五年間のケースをみるかぎり、その実態はお寒いの一言に尽きる。
 今、かつての被災地では、精神科医をはじめとして、心理療法士、カウンセラー、ソーシャルワーカー、心理科学部教授、看護婦(士)、保健婦(士)、そして「心のボランティア」……と、自称、他称、あるいは有資格、無資格のさまざまな心のおタスケマンが入り乱れて、それこそ雲霞のごとき「心のケア」屋さんとして跳梁跋扈しているのである。いわゆる「被災者に対する心のケア組」のいかがわしさは、目を覆うばかりである。
 以下は、五年弱の歳月を経て、今日の神戸の元被災者たちを襲っている、心のケア公害の惨状の点景である。


〔情熱系怠惰〕
 筆者は、「まず現場から」と、心のケアを標榜するあるボランティア団体に同行取材した。かなり成果を上げていることは確認できたが、一部の元仮設住宅の住民からは、
「あの人ら、私らが二万円の家賃の話をしとんのに、空港の話ばっかり。『十兆円損するんでっせ』ゆうて二時間もそんな話ばっかりしはる。そんなんあたしら聞いててたまらん時がある」
 といった声もあった。九九年度、神戸港沖に新空港建設が長年の議論を経てついに着工したが、この問題では市民の間で賛成反対の声がかまびすしかった。ボランティアはだいたい空港建設反対派が多いので、こうした批判の声が聞かれるのもうなずける。
 この団体については、他のボランティア団体からも、
「あの人ら、一回だけ仮設を訪問して『困ったことない?』と言うたあと、二度と来んかったりするから、あの人らが『ケア』した後のケアが大変やねん」
 とボヤキが聞かれる始末である。
 筆者も同行していて、「この人ら、『がんばれ』とか『震災を忘れないから』みたいなことを言い過ぎやな。精神医学の初歩もふまえてない」と思わざるを得ない場面も多々あった。
 訪問ケア終了後の『反省ミーティング』の中で、「今、この中で(被災者の心のケアに携わる人には必読といわれる)野田正彰さんの『災害救援』(岩波文庫)と、中井久夫さんの『昨日のごとく』(みすず書房)をお読みになった方がいらっしゃいますか」と確認してみた。
 両氏とも、震災後の心のケアに関しては、よく名の知られた精神科医である。すると、彼らは口々に「あれは名著やな」などと言い合いながらも、『災害救援』を読んだのは十一人中三人、『昨日のごとく』に関しては十一人中二人だった。

〔NHK職員の不勉強〕
 このボランティア団体にかぎらず、「心のケア」という言葉がやたらもてはやされ、一人歩きする割りには、元被災者はともかく、「心のケアのボランティアやってます」と自称する人々、それを好意的に報道する地元メディアの担当者の間での、専門書の読まれなさ加減は、かなりのものである。
 名著とされる野田、中井両氏の著作名をあげても、「いい本やったとは思いますけど、……具体的には今中身を思い出せないね」「著者本人にインタビューしたことあるけど、全部本は読んでませんね」などという。NHK神戸の『復興’99』というシリーズ番組に携わっているNHKのT氏は、筆者の「中井久夫氏の震災関連の本の中でベストはどれでしょうか?」という問いに、「ナカ、………なんですか?」と中井氏本人を知らなかった。
「そんなんであんた、復興番組作っとんの?」と突っ込むと、急にソワソワしだして、「すんませんけど質問内容書いてFAXしてくれませんか。それに僕はTでなくてKといいます」と言われた。後になってNHK神戸にはKという社員はいないことが判明したが、筆者は、「まぁ僕も取材中都合が悪くなったら、『藤田と言います』とかいうもんなぁ。可哀相なことしたなぁ」と問い詰めすぎたことを反省し、同情もした。

〔ニセ神戸弁〕
 神戸出身でないボランティア専業者、報道、行政担当者の間では、標準語で話しながら、語尾だけを少し関西弁らしくする『ニセ神戸弁』が飛び交っている。ネイティブ神戸人には数秒で、「あっ、これは他の人や」と見抜けるものだが、それ指摘するのも可哀相なので、黙っていたりする。
 同じように、神戸に関わる人の間でやみがたくはびこっているのが、サッチーの経歴詐称のような被災歴詐称である。
 そもそも震災当日、「僕の生まれ育った神戸はどこへいったのでしょうか」と現地入りして絶句した民放のニュース・キャスターが明石出身だったのはご愛嬌としても、NHKのT氏も、「私も被災者です」「断続的に復興番組に携わっています」と言明したが、このT氏、二年前に東京から移動になって、それまでは神戸とはまったく縁のなかった人だそうである。

〔言ってはいけない〕
 神戸でカウンセラー、臨床士として働いている人たちは意外なほど若く、それも女性が多い。彼女たちの入門書的役割を担ったひとつがAERA編集の『精神医学がわかる』。九六年八月に刊行され、九九年四月に五刷となり、心のケアに携わる人たちの間で広く読まれている。
 この中で、PTSD(ストレス精神障害)の解説を担当しているのが、当時の東京医科歯科大の小西聖子助教授である。
 PTSDとは、もともとベトナム戦争帰還兵にみられた、外傷を受けた後の精神性障害で、全米では五十万人とも七十万人ともいわれる人々がこの症状に苦しんでいる。 阪神大震災や地下鉄サリン事件でも、多くの人々が、震災の後遺症に直面している。
 小西氏の文章は「興味の尽きない 仕事」という見出しで、「……決して楽ではないけれど、トラウマ・カウンセリングも興味の尽きない仕事であると思う」と締められている。
 それはよくわかる。しかし、このフレーズだけは、「心のケアされる人」「話をされる側」「傷ついた人」サイドが一番使ってほしくない言葉ではなかったか。
(筆者も、このAERAムックとこの小西氏の一連の著作でやっと理解できた領域も多かったりしたが。)
 小西氏はさまざまな研修会でも講演されているが、「興味の尽きない仕事」と教えられるカウンセラーたちに“興味深く”話を聞かれては、やはり被災者として話をした人達は救われないだろう。

〔現場に出ないキリスト〕
 九五年に開設された、灘区に本部を置く「こころのケアセンター」所長、神戸大学名誉教授の中井久夫氏はマスコミでもたびたびとりあげられ、「心のケア」の分野では、ある意味で権威に祭り上げられてしまっている。

 中井氏の『昨日によれば』その他の著作を読むと、「限界は今回の災害体験では四、五十日であって、軍事精神医学による戦闘消耗が起こる時期に一致する」
「心は楽しい記憶が六割あり、悲しい記憶が三割あり、どちらでもない記憶が一割という比率に整理してゆくらしい。記憶がこの比率に整理されていることが心の健康の条件であるとみてもよいだろう。この水面下の心の活動を援助するのが、心のケアの大体の方向である」
「救援者は、『ディブリーフィング』つまり体験を語り合い、『デフュージング』つまり感情の昂りをおさめ、『デモビライゼーション』つまり緊張の武装解除を行ってから家庭に戻る様に配慮されている」
 ほかにも、「責任者のすることは、何事であっても責任を取る覚悟があればよく……」などべつに災害だけでなく、「ハードな仕事」の後の気持ちの切り替えにも十分通じる、じつに啓蒙される書物であった。
 一度話を聞こうと、「こころのケアセンター」に取材をお願いしたが、中井氏本人に連絡できたのは、相当時間がかかった。
 ご本人にいろいろ質問すると、
「こころのケアセンターには月に一度来るか来ないかやから、それは知りませんわ」
「仮設住宅を出たあとの人が生きているかどうか、その後のことはわかりません」
「神戸の各区の支部のことは、本部から接触したらあかんと市から言われてるんですわ」
−− 。

(実体が把握できない「こけセン」)
 念のため、「こころのケアセンター」について話を集めてみたが、その成果については、あまり芳しいものはない。地元では、一説には、「こけセン」は、法人格をもたない任意団体が補助金を受けて活動している組織なのだが、じつはその実体を把握するにも骨が折れる。
 個別に各地域を巡回していたセンター員たちも次々にやめていくので、筆者が本部の企画調整課長に、「大体、今何人でやってられるんですか?」ときくと、「えっ?」と絶句。
 業務課長に、「各支部何人やった? 三人? 四人?」と確認。
「二人です」
「ということは……」
 などと目の前で相談して、計算をはじめたのである。市内十五箇所に支部があるから、業務課長のいうように、各支部二人ずつだと、本部職員十人を入れても、センター員総数は四十人にしかならない。
 九十九年十月の神戸新聞をはじめ、各紙記事及び、中井氏の著作によると、同センターは七十人ないし百人の所帯となっている。
 よく「幽霊財団法人」とか「ペーパーカンパニー」と耳にするし、実際に取材してきたが、現場責任者くらいは実数を把握しているものである。
 さらに所長まで動員して、調整課長、業務課長うちそろって、
「中井先生、先生は数に入れましょうか?」
「入れて、……いや入れんといて」
 などやりあう組織もよくわからない。
 公的予算十五億円の組織のトップたちのうろたえぶりを筆者は初めて目撃し、ここは神戸のJCOかと呆然となった。

(虫と鳥のイソップ先生)
 中井先生への取材のなかで、話題となったのが、
「これは決して鳥の眼でみたこの一年ではない。地上をはいずりまわる虫の眼でみている私は多くを見落とし、多くをぼんやりと、多く間違っているであろう。精密な統計などは、その便宜のある人に譲って、精神科医としての直線コースと重なるこの一年を私の眼に映ったままの、
いわばコンセプチュアル・マップ(主観的な地図)として提出する次第である」(『昨日のごとく』)
 という一節であった。
 もちろん、筆者も「鳥の眼」「現場を直接見ない」重要さはおおいに理解するつもりである。
 しかし中井氏本人は、
「私は鳥になりたい虫やった」
「虫とはいえ、患者をみていないという点では鳥」
「ある時期までは虫やったけど、鳥になってまた虫になった」
 などと、自称虫=>鳥=>虫を繰り返した。
 
(司会は”アガリ”のプロ)
 中井氏に象徴される、神戸の現場及びマスコミの「心のケア」関係者だけをせめるのも可哀想である。
 十一月二十日、早稲田大学国際会議場で、厚生省主催の、『災害とストレスマネジメント』という一大研修会が開かれた。
 厚生省から直接五百万円の予算がつき、研修会出席者は全国の保健所から公費の出張費(一人平均五万円ほど)で約百人が集まった。
 この研修会の目的は、「PTSDへの対応とその専門家養成」となっていたが、シンポジウム司会者は、ストレスはストレスでも、スポーツ時における”アガリ”の研究に打ち込んできた上田雅夫早大名誉教授であった。厚生省によると、上田氏を司会者として招待した理由は、同省の外郭団体「ストレス研究所」副所長の肩書きによるという。
 筆者の取材に、上田氏は、
「私の研究するストレスはスポーツのストレスですので、災害の本は読んでおりません」
「PSTDはよくわかりません」−−。
 筆者は、おそらく巨大防災研究所所長らの繰り広げるであろう『ディブリーフィングの二種類の方法』『ローカルゲートキーパーの確保の難しさについて』といった専門用語や質問をさばく際、上田先生が緊張のあまり「あがることがないか」と、老婆心ながら心配したのである。
 厚生省からは、この研修会について、担当の課長補佐氏から、「上田名誉教授は、ストレスケア研究所副所長でもあられるので、司会は適任だと思います」という丁寧な返事を受け取った。

(効率のいい興行)
 この災害とストレスマネジメント研修会は、厚生省主催となっているが、実施はパブリックリサーチセンターなる財団法人が請け負っている。
 十一月と来年二月の二回行われるが、国税予算は一千万円。講演する五名の謝礼合計は八十九万円。会場使用料は七万二千円。つまり差額の八百万円が、パブリックリサーチセンターに入る計算になる。
 こんな効率のいい”興行”は、不況時代にはまず考えられない。
 さらにいうと、平成九年度に、社団法人日本精神病院協会が実施したときは、予算一千三百万円だったが、メイン講師の一人「こころのケアセンター」職員には八万円しか払われていなかった。
 筆者が日本精神病院協会の担当者に「せめて講演記録だけでもみせてください」と言うと、「記録、全然残ってないんですよね」
 とすまなそうに言った。

 震災復興のための道路、架橋、建築物再建などの公共事業そのものを第一次バブル。そして防災設備充実という名目で湯水のごとくカネを注ぎ込んだのが、第二次の防災バブルである。実際には、九十六年に行われた大がかりな抜き打ちの訓練では、死傷者の想定など阪神大震災当時と同じような誤った報告が行われ、さまざまな問題点を生じさせた。
 そして、ここに点描してきたように、いまや大三次バブルとも呼ぶべき「心のケア」が大手を振ってまかり通っている。
 それを批判すべき地元マスコミも機能しているとはいいがたい。
 台湾の大震災をきっかけに、当地からも「心のケア」に関しての経験を参考にしたいという要請がきているが、はたしてこれで有効な情報や適切なアドバイスが出来るのか。実態ははなはだ心もとないとしかいいようがないのである。

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